「恐れを知らぬ当社の創業者は1780年、ダブリンにボウ・ストリート蒸留所を開設するために、故郷のスコットランドから渡ってきました」

ここではっきりさせておきましょう。アイルランド一有名なウイスキーを開発したのは、スコットランド人だったのです。人生の大半を州裁判所の事務官として過ごしたジョン・ジェムソンがダブリンに渡った時はすでに中年でした。彼の決断がいわゆる中年の危機だったのかどうかはわかりませんが、地元でまっとうな職に就いていた人物がそれを投げ打つのは大きな方向転換です。

蒸留所の開設当時、ボウ・ストリートは地域で唯一の蒸留所というわけではありませんでした。それどころか、ダブリンのこの地区はウイスキーづくりが非常に盛んな土地だったのです。首都ダブリンは、19 世紀にかけて大いに繁栄していたため、その恩恵にあずかろうとしたのはジョン・ジェムソン一人ではありませんでした。

ジョン・ジェムソンの動画

ジョン・ジェムソン――ジェムソン アイリッシュウイスキーの恐れを知らぬ創業者


ジェムソンが出来上がるまでの物語を一緒に紐解きませんか?

蒸留所でお待ちしております